先日、小学校の保護者の方々と交流する機会があり、様々な会話が飛び交う中に身を置いてきました。
その内容を振り返ってみると、学校というものにあれこれ求めすぎなのではないだろうか?と感じてしまうものが多くありました。
多様性を認めるという名のもとに、あちらを立てればこちらが立たぬで何もできない状況にある学校に完璧を求めるのは、何か違うのではと思いました。
藤原和博さんの著書「学校がウソくさい」には、
『学校とは、自律して学び生活できるように集団の力で良い学習習慣と生活習慣をつける装置』
と、書いてありました。
学校と家庭、それぞれの役割があると口では言いつつも、求めてしまう。それが人間の性なのでしょうか。
研究・実践を目的とする国立小学校に志願し受験してご縁をいただき、入れてもらった立場であることをわきまえたら、全てを学校に求めるのではなく、親が家庭で対策を立ててなんとかするしかないという視点で考えられる気がします。
材料を完璧に揃えて料理をするか、そこにある材料でできる料理を作るか?
それに似ているのではないでしょうか。
時代は変わりました。そして、今も変わり続けています。
学校で勉強を教えてもらう時代は終わったのかもしれません。
「習っていないからできない。」と嘆いて立ち止まるのと、「習っていないからできない。だから、できるようになる為にどうすればいいか考えよう。」と思うのとでは、雲泥の差があるはずです。


