真実はどっち?~給食は食べるのに、家では食べないケース~

小学校教育

全国的に学力が低下したというニュースを聞いて、肌で実感していただけに納得してしまいました。

有識者は「深刻な事態だ」と言っていますが、今回の学力低下は氷山の一角でしょう。

学力だけでなく、公衆道徳・食事のマナー・体力・コミュニケーション能力・忍耐力・意欲…挙げればきりがないくらいの力が低下している気がします。 

 

そのうちの一つ、食事のマナー「好き嫌いなく食べる」について、最近感じたことをお伝えしたいと思います。

 

小学校受験にむけてレッスンをする子と関わる中で、対話をする際「今日の給食は、何だった?」と質問することがよくあります。会話のきっかけにはもってこいの話題なので、子供たちは意気揚々とメニューを教えてくれます。ところが、「全部食べられた?」と聞くと途端に黙ってしまうのです。

 

偏食について親御さんに話を聞くと、たいていの場合「園の給食は食べているらしいのですが、家ではなかなか食べません」という答えが返ってきます。この認識は、おそらく家で偏食している子供を心配して、園の先生に聞いたところ「大丈夫ですよ。園では食べていますよ」と言われたからだと思います。

確かに園の雰囲気や友達がいることで食べられることもありますし、家では甘えが出ることも考えられるので、今まではそういうものだと受け取っていました。

 

でも、最近の園側の対応を色々と知るにつれて、疑問が湧いてきました。

それは、「食べていますよ」の基準が低いのではないか?ということです。

 

極めて少ない一口を食べても… 「食べていますよ」 

泣きわめかずに食べる姿勢があれば… 「食べていますよ」 

給食の時間いっぱい食べるポーズをしているなら… 「食べていますよ」 

ほとんど食べ残す子と比べたら… 「食べていますよ」 

2歳のころに比べたら… 「食べていますよ」 

 

こんな可能性はないでしょうか?

 

そうだとしたら、黄色信号です。

完食を目指して指導すると、不適切と言われてしまう園の(学校の)先生からの情報は、現状を客観的に把握するための材料にはならないということですよね。

自分にとって都合の良い情報だけに目を向けていると、いつの間にか本当の子供の姿を見失っているということになりかねません。

 

【熱血はせまる】では、親御さんにとって都合の悪いことや聞きたくないことも率直にお伝えします。それは、批判でもダメ出しでもなく、お子さんの実態に真正面から向き合って把握してほしいとの願いからです。

 

好き嫌いくらい別にいいじゃないか。

箸が持てなくてもいいじゃないか。

そんな声が聞こえてきそうですが、実は一事が万事なのです。

 

○○くらいいいじゃないか。が、その先の大事な時に明暗を分けるとしたら悠長に構えていられなくなりますよね。

 

先を見据えて動けるのは、親だけです。