新潟で小学校受験を決める瞬間 あなたのきっかけは?

附属新潟小学校受験

こんにちは。

小学校受験合格へと導く案内人『熱血はせまる』です。

新潟に住んでお子さんの将来を考えた時、小学校受験を決めるきっかけは人それぞれですよね。

あやふやな知識や覚悟で決めるわけにはいかない小学校受験の道。

どんなきっかけがあったのかをいくつかのケースで紹介したいと思います。

【Aくんの場合】教育熱心な両親に育てられた一人っ子のAくん。幼いころから様々な体験をさせてきたので、経験豊富でしつけもきちんとされ聞き分けもよく、周りからもよくできていると言われ、このまま育ってほしいと願っていた。ある日、お母さんと一緒に花火大会へ行ってかき氷を買うために並んでいると、普段通り礼儀正しく的屋のおじさんに接したAくん。おじさんにそっけない態度であしらわれ、がっかりしていると…後ろに並んでいた同い年くらいの雑な子がゲーム機を片手にガムを噛みながら、おじさんに話しかけた。「ねー、おっさん、かき氷。」 『ください』も付けずに頼むその子におじさんは「ボク、いくつなん?うちのかき氷はうまいよー」と愛想のいい返事。お母さんは、とっさに「この子をここまできちんと育ててきたのだから、この子が正当に評価される環境にいなくては。」と思ったそうです。Aくんのお母さんが受験を決めたきっかけは、その瞬間でした。
【Bちゃんの場合】なんとなく選んだ幼稚園でうまくなじめなかったBちゃん。お母さんは、周りに影響されながらも自分で考え一生懸命Bちゃんに関わって育ててきたので、入園前にトイレも自立していて、会話の語彙やコミュニケーションも良好。毎日外で遊ばせ、運動全般も手・指先を使う経験も十分にさせて入園したが、同級生の子の姿に驚きました。クラスの7割以上がオムツで、かたことの会話。わがまま放題で、はっきり言って動物園状態でした。何をするにも手がかかる「できない子チーム」が先。できる子や落ち着いていて我慢できる子は待ちぼうけ状態。先生が話しかけてくれるのは、帰り際のお迎えの時間。こんな毎日をなんとか過ごして1年が経ち、進級前の参観日で驚くべき光景を目にしたのです。「あれ?変わってない…」春とさほど変わらないクラスの様子を目の当たりにして、このままの環境ではダメだと思ったそうです。その時が受験の覚悟を決め、準備を始めた瞬間でした。

【Cくんの場合】赤ちゃんの頃から特に大きな問題もなく、わりと育てやすかったCくん。幼稚園は、自然派の遊び重視の園を選びました。子供は遊んでいれば育つという言葉を信じて過ごしていました。ところが、年中になってから顔に傷がついて帰ってくるようになりました。Cくんは「たたかいごっこをしてた」と話すのですが、何日も続くので気になって園に聞いてみると、木の枝でたたかいごっこをして強い子がCくんを叩いたという説明を受けました。その時、先生は「遊びの中で学ぶから大人は介入しません」というニュアンスでした。遊んでいれば育つ…そこに初めて?が沸いてきたそうです。「紙とクレヨンがあれば、子どもは遊びながら絵を描けるようになります。」「そこにボールがあれば、子どもは遊びながらサッカーができるようになります。」今まで聞いてきたことが揺らいだ瞬間でした。そこからご両親は教育について熱心に調べ始め、小学校受験の選択があることを知りました。ご夫婦で話し合いを重ね、○○をしていれば育つ・できるようになる。なんていうものはないから、Cくんにとって最善は何かを考えて出来る限りのことはしようと決めました。

【番外 Dちゃんの場合】夫婦共働きで赤ちゃんの時から保育園に通っていたDちゃん。様々な子に揉まれながら、社会性も身に付き、園生活も問題なく過ごしていました。2歳頃から家庭学習を始め、毎日決まった時間机に向かうという学習習慣が年長の時点で身に付いていました。学区の小学校についてのマイナスな情報を聞いていなかったこと、Dちゃんの成長や性格を熟考したうえで、小学校受験はしないという選択をしました。そして、小学校時代には自分とは違う背景を持った子達と関わって多様性を知る経験をさせ、淡々と準備をして中学受験を目指すことを決めました。

どのご家庭にも思い返せばそうだったと語れるオリジナルのストーリーがありますよね。

先を見て不安になった時は、今目の前にあることを一生懸命やってみてください。

自分の選択を信じてやってみる。ダメなら、軌道修正。

C’est la vie ! (フランス人の口ぐせ) 訳:それが人生さ

きっかけはそれぞれです。